なぜインターネットなのか。

 インターネット学習ページと、以前のCAIとの比較

 CAIは学力を付ける。一人一人に先生がついているのと同じだからだ。
 しかしCAIには、いくつかの弱点があった。
 その弱点がインターネットによって解消される。
 インターネット上のコンテンツと、CAIでは、ちがいがある。

インターネット学習

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インターネットでないCAIの学習

●流通が簡単
インターネットに繋がれば使える(java)
雑誌などでも内容の紹介がある

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▲流通しにくい
 フロッピーの受け渡し

●誰でも使える
学校でも、塾でも、個人でも、日本でも、外国でも

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▲使う人が限られる
 興味のある先生を通じて

●いつでも使える
インターネットに繋がりさえすれば、
一日中使える。

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▲授業でだけ使える

●いろいろなコンテンツがある
教科書の内容も、それ以上の内容も

   

●その結果、利用者が多い
(子どもだけでも使えるのが大きな特徴)
一日200人総計11万人(もりの小学校)

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▲利用者が少ない

 もりの小学校での実践

もりの小学校は学力を付けるために作成したページです。

コンテンツ数 400以上 不足している、いくらあっても足りない。
学習することは、全てコンテンツになる。
訪問者数 年に3倍の勢いで増加

今でこそ、インターネット上のコンテンツが大事といわれて、文部省が力を入れて制作しようとしています。
でも、ボクがインターネット「森の小学校」を作り始めたのは、4年前の、1996年6月でした。当時は「インターネットは空っぽの洞窟」という本が売れる時代でした。インターネットは直に無くなるなどと言う人もいましたし、「コンテンツ」等という言葉も知りませんでした。

そこで、インターネットを始めたのは、地域の子どもたちの学力を上げたい、それにはインターネットが良いと思ったからでした。これからはインターネットの時代、これからはインターネット上のコンテンツが重要になると思っていました。それは、インターネット上に学習用のソフトがあれば、誰でもいつでも手に入れることが出来るからです。学習の準備もインターネット上にある。丸をつけてくれる先生もインターネット上にいる。誰かが使えるソフトを作れば、日本中の人が使える。インターネットは良いことだらけに見えました。

 インターネット上で動くといわれたJAVAという技術は、当時出来たばかりの言語で、日本語は表示できませんでした。JAVAは今では携帯電話も使われるようになりプログラマーを育てようと取り組まれていますが、当時は日本ではほとんど見向きもされない言語でした。教えてくれるというので北海道までも行きました。みんなが使わないから使わないという判断ならば使われない言語ですが、でも、自分の頭で判断すればJAVAが最良の言語でした。

 そうして月に1本、週に1本と作りためてくるうちにアプレットがたまってきて、現在300本を越えるソフトで構成されているページになりました。それを使っての授業も出来るようになりました。マイクロソフト社のページでも紹介されたり、雑誌にも紹介されるようになりました。でも、まだコンテンツは不足しています。アメリカではずいぶんたくさんコンテンツがそろっていると聞きます。それは、教員がコンテンツを作っているからだということです。アメリカでは、学校で何を教えるかが州によって違い、教師の自由裁量が大きいようです。そこで、教師が自分の教えたいことや得意なことをコンテンツにしてインターネット上に置いている。それが膨大なコンテンツになる原因でしょう。そうして子どもは学びたいことを学べるようになっているのです。教育委員会の配慮で、二週間ほどアメリカへコンピュータを使った教育の視察に行って来ますが、そこらへんをしっかり見てきたいと思います。教師にとっては、教える内容は自分たちで作っているということが、とても大事なことです。コンピュータを使って教えることはとても簡単です。でも、何を教えるかどう教えるかという部分を作るのは難しいのです。目の前に子どものいる教師が、教える内容や教え方を一番知っているのですから、コンテンツを作ることは教師にとってとても大切な仕事です。それに、目の前にいる子どもたちの学力の不足は感じませんか。子どもたちに学力を付けること、これが教師に課せられた一番の課題だとボクは思っています。コンピュータはそのために役に立つのです。

今でこそ、もりの小学校には10万人の訪問者があります。一日250人の訪問者がきて、学習して行くようになっています。
でも4年前は、一日の訪問者は平均3件、一年で1000件でした。インターネットのページなどを作っていては先はないよ、といわれた時代でした。それが2年目には3倍の、一日平均10件になり、3年目には一日30件、4年目には100件と増加してきました。一年に3倍3倍の増加ですので、インターネットの発達はすさまじいものがあります。

この訪問者の増加は、子どもがすぐに使えるページを作ってきたからで、教員用のページを作っていたらこうはならなかったでしょう。

インターネットは、訪問者の年令を問いません。復習も予習も自由です。そこにはもう、飛び級があります。インターネットは、学習する時間を問いません。昼は日本の子どもが学習し、夜はアメリカの子どもが学習しています。また、一人一人が学習したい内容を学習できます。そこには、個に応じた教育があります。不登校の子も、学校へ来なくても学習できるのです。インターネットは、誰が学習しても良いのです。日本でもアメリカでもかまいません。そこにはもう、学区制はありません。普通の学校も、これからだんだんインターネットの学校のようになっていくでしょう。

そして、また、これからの教育は、日本の中だけを見ていてはだめです。世界中には、学校のない地域と学校のある地域があります。学校があるなしで、ずいぶん、その国の発展の仕方が違ってくるでしょう。それと同じように、コンピュータがある学校のある国と、コンピュータのない学校のある国があるのです。それによって、その国の発展の仕方がずいぶん違ってくるでしょう。
コンピュータのある地域に育った子どもたちが、次世代のコンピュータの世界を背負っていくのです。アメリカなどの国は、コンピュータのある環境に育った子どもたちがもういます。そういう青年たちが国の産業を育てています。日本にはまだ、コンピュータのある環境に育った子どもたちがたくさんはいません。それは、これからです。その子たちが大人になるには10年かかる。少なくても日本は10年遅れているのです。コンピュータの世界の時間のすす見方は、普通の3倍と言います。そうすると日本は現時点で30年遅れているのです。

早く、子どもたちがコンピュータに親しむ環境を作り、このギャップを埋めていくことが、大人たちに課せられた課題だと思います。コンピュータを入れることとしれを使えるコンテンツを作ることが、まだまだこれからの課題です。


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